大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

鹿児島地方裁判所 昭和63年(モ)279号 判決 1988年8月17日

鹿児島県名瀬市金久町二一番一二号

原告

神田タツ

右訴訟代理人弁護士

川村重春

右同市幸町一九-二一

被告

大島税務署長

木庭真利

右指定代理人

田邊哲夫

外六名

右当事者間の昭和六二年(行ウ)第一号所得税更正処分取消請求事件につき、原告から文書提出命令の申立てがあったので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件申立を却下する。

理由

第一  本件申立の趣旨は、別紙文書提出命令申立書に記載のとおりであり、原、被告双方の意見は、別紙意見書に記載のとおりである。

第二当裁判所の判断

まず、原告が提出命令を申立てている本件文書は、被告が本件訴訟においてその存在を引用していないことは、記録上明らかであるから、本件文書は、民事訴訟法(以下、単に「法」という。)三一二条一号の文書に該当しないものというべきである。原告は、本件証拠調べにおいて、証人宮之原が原告に交換差金三〇〇〇万円を支払った旨証言するとともに、修正申告をして納税したと証言しているから、本件文書は法三一二条一号の引用文書にあたる旨主張しているが、宮之原は本件訴訟における当事者ではないのであるから、同人の証言をもって、本件文書が当事者が引用した文書であるということはできない。

次に、本件文書は、宮之原が納税申告のために被告に提出した文書であるから、被告と宮之原の間の文書にすぎず、法三一二条三号後段の文書にあたらないこともまた明白である。原告の主張はいずれも採用できない。よって、本件申立は、理由がないので却下することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 下村浩蔵 裁判官 岸和田羊一 裁判官 坂梨喬)

昭和六三年(行ウ)第一号 所得税更正処分取消請求事件

原告 神田タツ

被告 大島税務署長

昭和六三年三月四日

原告訴訟代理人弁護士 川村重春

鹿児島地方裁判所

御中

文書提出命令申立書

一 文書の表示

訴外宮之原有弘作成にかかる昭和五八年分確定申告書及び附属書類、並びに同年分修正申告書及び附属書類。

二 文書の所持者

被告

三 立証趣旨

右訴外人が昭和五八年二月乃至三月において、どの程度の手持ち資金を有していたか、及び同訴外人がいかなる修正申告をし、そのためどの程度納税したかの各事実は、本件において極めて重要な間接事実であるので、右事実を立証し、もって原告の主張を裏付ける。

四 文書提出の義務原因

民事訴訟法三一二条一号及び三号後段

昭和六二年(行ウ)第一号

原告 神田タツ

被告 大島税務署長

昭和六三年六月二三日

原告訴訟代理人弁護士 川村重春

鹿児島地方裁判所

御中

意見書

原告の昭和六三年三月四日付文書提出命令申立は、以下の理由により認容されるべきである。

一 右申立の対象たる文書(以下本件文書という)を証拠とする必要性について、

本件の主要事実は、本件交換契約に際し、交換差金として金三〇〇〇万円の授受があったかどうかに尽きるのであるが、しかし右主要事実についての原告の供述と宮之原証人の証言は全く対立する。従って右主要事実を取り囲む間接事実によって原告の供述と宮之原証人の証言及び供述の信用性を判断せざるを得ない。

さて本件証拠調べにおいては被告は、宮之原証人に対し、本件交換契約に際し、交換差金として三〇〇〇万円の授受があった旨証言させ、右証言の信用性を高めるため宮之原証人に対し、後に右証言に沿う修正申告をした。そしてその分の税金を納めた旨証言させている(第三回証人調書一四三乃至一四六項)。しかし被告は、右修正申告によっていくら税金を納めたかを宮之原証人に証言させない。被告は、右修正申告によっていくら納税したか知っているはずである。右納税の額が多額であればあるほど宮之原証人の証言の信用性は高まるはずである。それにもかかわらず被告は、宮之原証人に対し、納税額を明らかにさせようとしない。このことはとりもなおさず、被告において宮之原証人の納税額を明らかにさせるよりは、明らかにさせないほうが裁判所の心証形成に有利であるとの判断があったからであると原告代理人は確信する

よって、宮之原証人の証言の信用性について的確に判断するために本件文書を証拠とする必要性が存する。

二 本件文書が民事訴訟法三一二条一号に言う「訴訟ニ於テ引用シタル」文書にあたるか否かについて

同法三一二条一号が文書提出義務を当事者の一方に課した趣旨は、当該文書を所持する当事者が、裁判所に対し、その文書自体を提出することなく、その存在及び内容を積極的に申し立てることにより、自己の主張が真実であるとの心証を一方的に形成させる危険を避け、当事者間の公平をはかって、その文書を開示し相手方の批判にさらすべきであるというにあり、また、その文書の存在及び内容を訴訟手続において明らかにした当事者は、その文書の秘密保持の利益を放棄したとみなされることも、右の義務を当事者に課すことを妨げないとする一根拠となるものである。右の趣旨に徴してみれば、「訴訟ニ於テ引用シタル」文書とは、その存在及び内容が、訴訟手続中において当事者により何らかの方法によって明らかにされた文書をいうと解すべきである(浦和地裁昭和五四年一一月六日決定訟務月報二六巻二号三二五頁)。被告は、宮之原証人に対する証拠調べ手続において、本件文書の存在と内容を明らかにしているから、本件文書は同法三一二条一号所定の文書にあたるというべきである。

なお、前記浦和地裁昭和五四年一一月六日決定は、課税処分取消訴訟において、被告税務署長が書証として提出した同業者調査表中にアルファベットが表示された納税者の所得税青色申告決算書は、被告が証拠として引用した文書ではないが、その存在及び記載内容中の重要部分が右書証によって明らかにされているから民訴法三一二条一号所定の文書にあたるというべきである。

三 本件証拠調べ手続において、宮之原は証人として出廷し、昭和五八年の事業収入、経費、昭和五八年分の確定申告をしたこと、その後、本件交換契約に際し、交換差金として三〇〇〇万円の授受があったことを内容とする昭和五八年分の修正申告をしたこと、及び右修正申告に従って納税した旨証言する。従って、被告の守秘義務によって保護されるべき宮之原の秘密保持の利益もしくはその必要性は存しない。

よって被告は守秘義務を理由として本件文書の提出を拒否することはできない。

なお、前記浦和地裁昭和五四年一一月六日決定は、傍論ではあるが訴訟当事者が国家公務員法、所得税法によって第三者の秘密保持のために、ある文書に記載された事項につき守秘義務を負う場合には、当該第三者が右文書の提出に同意しているとか、あるいは、訴訟当事者が、その文書の内容のすべてについて、例えば、右第三者たる納税者の住所氏名、営業内容、所得金額等のすべてに逐一詳細に当該訴訟において申し立てているなど第三者が既に秘密保持の利益を放棄若しくは喪失していると見られる特段の事情のないかぎり、当事者は右文書につき民事訴訟法三一二条第一項による提出義務を免れると解すべきであるとし、第三者が既に秘密保持の利益を放棄若しくは喪失している場合は提出義務を免れないことを明らかにしている。

また福岡高裁昭和五二年九月一九日決定判時八六九号三五頁は、既に患者が自己の秘密である病名、症状を開示している場合には、特段の事情のないかぎり医師は守秘義務を理由として右診断録の提出を拒否することはできないとする。 (以上)

昭和六一年(行ウ)第一号

原告 神田タツ

被告 大島税務署長

意見書

昭和六三年四月二二日

右被告指定代理人

田邊哲夫

末廣成文

神野義視

的野義文

内村仁志

西山俊三

溝口透

鹿児島地方裁判所

御中

原告は、昭和六三年三月四日付け文書提出命令申立書により、訴外宮之原有弘(以下「訴外宮之原」という。)作成にかかる昭和五八年分確定申告書及び附属書類並びに同年分修正申告及び附属書類(以下「本件文書」という。)の文書提出命令を申し立てているが、右申立ては、以下に述べるとおり理由がないから、いずれも却下されるべきである。

一 本件文書は民訴法三一二条一号の文書に該当しない。

原告は文書提出義務が存する理由として同法三一二条一号を揚げるが、同号にいう文書とは、「当事者カ訴訟ニ於テ引用シタル」文書である。しかしながら、訴外宮之原が証人尋問において確定申告、修正申告について証言した事実はあるものの、同人は訴訟の当事者ではないから同号に該当しないことは明白であり(仙台高裁昭和二一年一一月二九日決定・下級裁判所民事裁判例集七巻一一号三四六〇ページ)、被告自身が本件文書を引用した事実はないから、結局本件文書は同号の文書には該当しない。

二 本件文書は民訴法三一二条三号後段の文書に該当しない。

原告は、文書提出義務が存する理由として同法三一二条三号後段をも挙げるが、同号後段にいう文書とは、「挙証者と文書ノ所持者トノ間ノ法律関係ニ付作成セラレタル」文書である。しかしながら、本件文書は訴外宮之原が本件訴訟とは無関係に提出した申告書及びその附属書類であるから、訴外宮之原と文書所持者(被告)との間の法律関係につき作成された文書であるとはいえても、挙証者と文書所持者(被告)との間の法律関係につき作成された文書とはいえないから、同号後段にいう文書にも該当しない(奈良地裁昭和五六年七月三日判決・税務訴訟資料一二〇号六八ページ)。

三 被告には守秘義務が課されているので、本申立てにかかる文書の提出義務は存在しない。

民訴法三一二条の文書提出義務は、裁判所の審理に協力すべき訴訟上の義務であるが、基本的には証人義務及び証言義務と同一の性質を有するものであるから、文書所持者にも民訴法三一二条第一項一号、三号、二七二条等の規定が類推適用されると解すべきであり、このことは東京高裁昭和五二年七月一日決定(判例タイムズ三六〇号一五二ページ)、那覇地裁昭和六一年六月三〇日決定等の多数の裁判例の認めるところである。

ところで、国家公務員法一〇〇条、所得税法二四三条はそれぞれ「職務上知ることのできた秘密」、「その事務に関して知ることのできた秘密」につき、公務員に守秘義務を課しているから、その対象となる文書について提出義務は存しないというべきである。

本件文書は訴外宮之原が被告に提出した昭和五八年分所得税の確定申告書及び附属書類並びに同年分所得税の修正申告書及び附属書類であるが、右文書には同人が公表を望まない個人の秘密に属する事項が含まれているので、被告には守秘義務があることは明らかであり、したがって、被告は本件文書の提出義務を負わないと解すべきである。

四 本件申立てには、立証事項の重要性、立証の必要性及び本件文書と立証事項との関連性がいずれも存しない。

1 原告は、本件文書により、<1>訴外宮之原が昭和五八年二月ないし三月においてどの程度の手持ち資金を有していたか、<2>同人がいかなる修正申告をし、そのためどの程度納税したかの各事実を立証するというのであるが、本件の争点は原告と訴外宮之原との間で行われた土地の交換に交換差金三〇〇〇万円の授受を伴ったか否かにあることにかんがみれば、右<1>、<2>の各事実とも本訴の争点とは直接関係のない間接事実にすぎず、立証の必要性も存しない。それにもかかわらず、右<1>、<2>の各事実が重要で、立証の必要があるというのであれば、原告において具体的に明らかにすべきであるが、原告がそれをしない以上、重要性も立証の必要性も存しないというべきである。

2 さらに、右<1>の事実については、本件文書によっても明らかになるものではないから、右立証事実と本件文書とは関連性がないというべきである。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例